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現在大好評放映中のアニメ「君に届け」は、すばらしい仕掛けをもった作品である。

この作品の原作は少女マンガということで、例にもれず物語の筋としてはありきたりなストーリーが展開されている。

そのあらすじを簡単に説明してしまえば、普段目立たない少女が、女性の理想像とでもいうべき男キャラクターと恋愛……のようなものを繰り広げるという、少女漫画の一昔前の王道をいく作品である。

上のあらすじを見る限りだと、どうにも目新しいものはないようにも思える。

しかし、冒頭で述べたとおり、この作品の裏にはおそるべき仕掛けが潜んでいるのだ。

この作品を見た視聴者・読者のうちには、拒否反応をおこす人も多いかもしれない。

主人公の性格があまりにも現実離れしているからだ。

といっても、エキセントリックという意味で現実離れしているわけではない。

綺麗なのだ。

心がありえないほどに綺麗過ぎるのである。

そこにどうにも違和感のようなものを覚えるかもしれない。

そこに仕掛けがあるのである。

仕掛けだ。

その仕掛けの名前は黒沼爽子という。

「君に届け」の主人公だ。

彼女は、明らかにこれはイジメだろうと思えるような場面に遭遇しても、まったくといっていいほどネガティブにならない。

それどころか、前向きに、そのイジメをいい方向へと解釈する。

その心理描写もごく自然なのだ。

まったく無理をしているという印象を視聴者には与えない。

アニメ作品で、この主人公の声をあてているのが能登麻美子であるというのも、それに一役かっているだろう。

あまりにも綺麗すぎる主人公―――黒沼爽子の性格。

ここに、「君に届け」の仕掛けが隠されている。

私は、この爽子の雪解け水のような清純で清廉で爽やか人柄を見るにつけ、ある作品を思い出さざるをえなかった。

それは言わずもがなのドスちゃんの小説「白痴」である。

白痴の主人公はムイシュキン公爵であり、彼もまたベクトルは違うにせよ、爽子と同じような穢れをしらない無垢なキャラクターである。

そして、白痴という作品は、このムイシュキン公爵の常軌を逸した無垢さを目の当たりにした周囲の人間が、己のエゴを彼の中に見、大騒ぎをおこすという筋書きである。

いうなれば、ムイシュキン公爵は、作中で鏡の役割をしているのだ。

ムイシュキン公爵はその無垢さゆえ、周囲の人間に対して自分自身の醜さを見させてしまう鏡としての役割を担っている。

彼を見た人間は戸惑い、疑心暗鬼になり、彼のその態度には何か裏があるのではないかと思い、しかしそれでいて、その猜疑心は自分自身の醜さをあらわす証拠となって跳ね返ってくるという、鏡としての役割をムイシュキン公爵はになっているのだ。

話を元に戻そう。

問題は「君に届け」だ。

単刀直入にいえば、黒沼爽子もまた、ムイシュキン公爵と同じ意図をもって配置されたキャラクターなのである。

その常軌を逸した穢れをしらない人柄は、彼女を見た人間に対して言いようもない違和感のようなものを感じる。

その違和感こそが醜さなのだ。

爽子の中になにかしらの居心地の悪さを覚えるというのが、すなわち視聴者・読者の内面の醜さを反射的に映し出す、爽子というキャラが生み出す仕掛けなのである。

しかも、これはムイシュキン公爵よりも高度な仕掛けといわざるをえない。

なぜならば、ムイシュキン公爵が担っていたのは作中に登場するキャラクターの鏡としての役割なのに対して、爽子のは作品を超えたところにある読者・視聴者に対する鏡としての役割だからだ。

ここに、高度な仕掛けがある。

ここにあるのは、視聴者の内面をえぐりだすところの巧妙な仕掛けだ。


―――そのような仕掛けなどない。現に自分は爽子を見てもなにも違和感を覚えない。爽子はいい子じゃないか―――


言い訳しても無駄である。

彼女を見ていれば、違和感は必ずどこかしらに沸いてくるものだ。

自分の感じたものを客観的に見ていれば、作品のどこかしらに違和感というものは必ずある。

それが貴方の醜さだ。

貴方の醜悪な点だ。

我々がどうすることもできない吐き気をもよおすような気持ち悪い部位だ。

それを黒沼爽子は浮き彫りにする。

黒沼爽子とは、それほどまでに恐ろしく、巧妙で、尋常ではない仕掛けを体現した登場人物である。

かようにして「君に届け」がただの恋愛物語ではないことは明白となった。

これから物語が続くうちに、視聴者・読者は彼女の可愛さの前にキュンキュンしながら、その裏では自分自身の醜さを見せ付けられ悶絶し、頭を覆いたくなり、耳を塞ぎたいけれども能登ボイスの前にそんなことはできず、目をつぶりたくても作画がよすぎて画面から目をそらすことができるわけもなく、悶々と内省し、八つ当たりに爽子はとんだアバズレだと2chに書き込みをし、その自己嫌悪からさらなる醜さを突きつけられる……そんな凄惨な未来がまっていることだろう。


原作の作者ならびにアニメ会社は、現代社会の病理を暴き出すような、とんでもない作品を生み出してしまったのかもしれない。

今世紀早くも現れた歴史的大作に、これからも目がはなせない。
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